プーノ〜ウロス島とタキーレ島、湖で暮らす人々
(7月19日)
今日は、朝からチチカカ湖に浮かぶウロス島とタキーレ島というところへ行きます。予備知識ゼロで行きましたが、なかなか面白かったです。写真を交えてご説明します。
モーターボートでウロス島へ
どちらの島も、チチカカ湖にあります。チチカカ湖は標高3,800mにある巨大な湖で、ペルーとボリビアにまたがっています。汽船の航行する湖では世界で最も高い位置にあるそうです。
(立派な観光ボートで湖に繰り出します。アマゾンでさんざん浸水する手漕ぎボートに乗ったので、座席と屋根のしっかりついた船に乗るともの凄く安心します(笑))
(朝のチチカカ湖。眺めは素敵ですが、冬で標高が高いため寒いです。しっかりと船が窓で覆われていてアマゾンと違って凄いなと思ったのですが、いかんせん寒くて覆われてなかったら何時間も船の移動に耐えられないかもしれません)
葦の島に、本当に人が住んでいてびっくりのウロス島
ウロス島は、チチカカ湖に浮かぶ島、、なのですが、陸の島ではありません。「トトラ」という葦で作った「人工島」のことです。人工島の上では主に漁業を営みながら人々が暮らしており、いまでは観光も受け入れて彼らの重要な資金源になっています。もともとは、インカ帝国やスペインの征服時代に陸を追われた人々が湖の上で暮らしはじめたのが始まりだそうです。
(観光ボートが入る時に、人数分ウロス島への入島料を払います。ガイドがまとめて船から手で渡し、おっとお金が湖に落ちるという感じでおつりを受け取っていました。肌が黒いのは、ここが標高が高く日差しが非常に強いからだと思います)
(このように、葦で作った島の上に家が建っています。ガイドの説明によると、島の数は100以上あるということ(住民数は聞いたのですが忘れてしまいました)。観光のために昔の習俗を残してある島々なのかと思ったら、本当に多くの人が生活していて驚きました)
(トトラの仕組みについて説明してくれているところ。下側の茶色の葦が、実際に湖に浮いているところですが、葦はだんだんと腐ってダメになってしまうので、上の新しい緑の葦を定期的に島の上に積んで行くのだそうです。また、実際に今いくつの島があるのかはわからないそうで、何故かというと、人が多くなると一つの島を分断したり、逆にふたつの島をくっつけて一つの島にしたりすることがあるからだそうです。確かに、葦の島ですから、やろうと思えば島を分けたりくっつけたりできそうですが、言われるまで想像もできませんでした。すごい。おじさんのかぶっている帽子がカラフルですが、ここではカラフルな帽子も自然。でも、これを私がシカゴや東京でかぶっていたら、かなり目立ちます!ウロス島ではカラフルな織物が特産品のひとつで、私たちはカラフルなクッションカバーを購入しました)
(島の家を住民の方が見せてくれました。屋根はブルーシートで覆われていますが、それ以外は出来る限り葦を使って作っているようです。右手のものはベッド。なお、どの島にもだいたい太陽光発電があり、必要な電化製品を動かしているようです。このお宅にはカラフルな民族衣装がいろいろとあり、妻はそれを着せてもらっていました)
(トトラでできた船。写真の船はよそのものですが、このような船に乗って次の島に移動しました。葦でできた船で移動するのも不思議な気分)
(島の子供が、遊び心から私たちの船に一緒に乗ってきてしまいました。かわいいのですが、ものすごいハナ垂れで鼻水が、、。船が走っているときも、船の囲いの外側を動きまわるので、近くにいた外国人のカップルはこの子が湖に落ちないかヒヤヒヤして一生懸命構っていました(笑)。でも、船を漕いでいたお父さんはそれほど気に留めていなかったので、船で遊ぶのにこの子は慣れているのでしょう)
いまでも共同体生活を維持するタキーレ島
タキーレ島は、ウロス島からさらに2時間ぐらいモーターボートで移動したところにあります。この島はインカ帝国の領土だったのですが、帝国の辺境にあり、支配された期間も短かったため、インカ帝国の影響は少なく、この島の独自の文化をいまも色濃く残しているそうです。
(段々畑がこの島の風景の特徴です)
(農業と漁業が主な仕事だといいます。島の中心まで石畳の階段を昇っていきます)
(しばらく美しい階段を昇っていくと、村の広場に出ます。広場といっても、土産物屋とレストランなどがある程度です)
(ウロス島と同じく、タキーレ島でも織物が有名です。ファッションにはまったく明るくない私が見ても、色がきれいで質もなかなか高いことが見てとれます)
(島のレストランで昼食。美味しいマスをいただきます。私たち夫婦は皮まで美味しくいただきましたが、向かいに座っていたフランス人たちはみごとに皮を残していました。魚が好きな日本人には、ペルーの山岳地帯の魚料理は口に合うと思います)
ガイドのお兄さんの説明によると、タキーレ村は共同体意識、公共の意識が非常に強く、いってみれば社会主義のような?暮らしをしているそうです。例えば、村にはいくつかレストランがありますが、すべてのレストランで同じ調理法で同じ料理を同じ値段で提供しているということ。村にはリーダーが何人かいるそうなのですが、リーダーは毎年大人が交代で務めるのだそうです。リーダーを選出する方法は覚えていないのですが、選挙のような競争的なものではなく、クジとか年齢で持ち回りとかそんな方法だったはず。このような、(ある意味本当の社会主義のような)共同体生活は、コミュニティのサイズが小さくないとできないのかもしれません。
なお、帰りのボートにリーダーの一人が乗船しており(リーダーはかぶっている帽子が派手なので見るとわかる)、手元のスマートフォンで全力でゲームをして遊んでいたのを見たのは、秘密です。きっと、娯楽が少ないから楽しいんでしょうね。タキーレ島の所得水準はプーノ市街に比べると全体的に低く感じられたので、もしかするとスマートフォンはリーダーの役得で、普段は持てないのかもしれません。
(タキーレ島では、男性が帽子をかぶっている。未婚男性は帽子の半分が白、既婚男性は帽子がすべてカラフル)
(こちらは、未婚男性なので帽子の半分が白。タキーレ島では、男性が編み物をする。どうやって男女が出会うのかは忘れたが、たしかお互いに一緒に住む試用期間?が1、2年あり、そこで意気投合すれば晴れて結婚というシステムだった)
ペルー最後の晩に、アルパカの肉を食べる
タキーレ島からモーターボートを飛ばしてプーノに帰ってきたらもう夕方。今晩はペルー最後の夜です。アマゾン、マチュピチュ、クスコ、プーノと、見所がたくさんあり、食事もおいしく良い人が多くて楽しかったので、ペルーを離れるのは少し残念。
夜は、歩き方に載っていたウククスというレストランで夕食をとりました。こちらで、最後にアルパカの肉にトライ。
(アルパカの肉。羊よりも少し臭いかもしれませんが、私としてはOK。美味しかったです)
ペルーには他に伝統的なねずみの丸焼き料理があり、クスコにはこれを提供しているお店もあったのですが、見た目通りまずいという前評判で、かつペルーの人が日常的に食べているものでもなさそうだったので、これは試しませんでした。
明日はペルーを出国し、ボリビアへ移動します!